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新盆・初盆で知っておくべき事

近い親戚の人をなくしているので新盆・初盆について調べてみました。

新盆・初盆とは

新盆・初盆とは1年に一度、亡くなった人の霊が家に戻ってくることをお盆(盂蘭盆会・うらぼんえ)と言われていますがその年に亡くなった人で49日の法要を済ませてあり初めて迎えるお盆のことを新盆(初盆)といい、特に丁寧に供養をします。親戚や故人と親しかった方を招き、お寺さんに来ていただき、お経を上げて供養をしてもらいます。

新盆・初盆の時期

旧暦の地方と新暦の都会と言った時期の違いがあるかと思いますが、多くの人は旧暦の8月をお盆に考えていると思います。

旧暦の8月13日を盆の入り8月16日を盆の明けと良いその間をお盆と言いますが、49日を過ぎると言う事は6月25日以前に亡くなられ49日の法要を済ませた仏さんの法要と言う事になります。

ですから、6月30日に無くなられた方の初盆は来年になると言う事です。

新盆・初盆の迎え方

初盆は故人の霊が初めてあの世から戻ってくる日になりますので、ほかのお盆よりはより丁寧に供養してやるようにします。自宅に近親者や知人を招き読経を挙げてもらい精進料理でおもてなしをします。

初盆は故人の霊がはじめて帰ってくるので霊が迷わないように仏壇脇に提灯を供え夜には明かりを入れてあげます。

ただこの時期は僧侶も一番忙しい時期ですので早めに菩提寺との打ち合わせをしておく必要があります。

迎える準備としては精霊棚をしつらえ果物等ときゅうりで作った馬とナスで作った牛を用意しておきます。

この意味は馬に乗って一刻も早く帰って来て欲しいという意味と牛に乗ってゆっくりと帰りなさいと言う意味と言われています。

046306招かれた物の服装

暑い真夏の時期ですからも吹くと言う訳にはいかないかと思いますので白いシャツに舌は地味な色にした程度で良いと思います。

香典は「御仏前」「御供物料」と表書きをします。

 

 

年に一度、ご先祖様の霊が懐かしい我が家へと帰ってくるのがお盆と言う時期です。

普段、お墓参りになかなか行けない方も日頃の感謝の気持ちを先祖、親戚に伝えられるいい機会にしたいですね。

まして、新盆であればなおさら大事にしたいですね。

お中元を頂きました、お中元の歴史は?

お中元のビールが届きました。

毎年、中元歳暮を送って頂いており恐縮するばかりです。

バブルの頃までは企業の取引の上なくてはならない行事の一つでしたが、個人も企業もだんだんその当時と比べると件数は少なくなっているようですが中元、歳暮は今でも日本の欠かせない季節の行事になっています。

そこで、あらためてその中元の歴史について調べてみましょう。

そもそも中元とは道教に由来した行事で7月15日の事をいい、1月15日の上元、10月15日の下元と共に「三元」と呼ばれる年中行事の一つでした。

中元は地官大帝の誕生日でしょく罪の日とされ1日中火を焚いて今まで冒してきた罪を償うしょく罪の行事が催されたそうです。

また7月15日は仏教で孟蘭盆会(うらぼんえ・お盆)という先祖を供養する行事があり一体化したようです。

日本では606年、7月13日~16日にかけて、宮中で初めてお盆の行事が行われたという記録が残っているそうです。
つまり、しばらくの間盆の行事と中元の行事とが並行して行われていたと言う事になります。

それがやがて室町の頃になるとお盆の行事には死者の霊を迎えて供養するのに対して、中元の行事はお互いの無事を祝う生きている物への行事と言ったように区別されるようになりました。

しかし、当然この時代にはまだ一般の行事ではなく朝廷や武家の社会での行事にとどまっていました。

それが江戸時代になると一般的にも行われるようになりお世話になった人等にお礼の品を持って伺うようになってきました。

盆供養(先祖への供物)と共に、仕事先や知人、親戚等お世話になった人に贈り物をするようになり、この習慣を特に中元と呼ぶようになりました。

時期も交際範囲の広い人は当然一日で挨拶をする事が出来ない為7月15日前後にお礼の品を持って伺うようになり本来7月15日と言う日を中元と言っていた物が次第に品物を中元と呼ぶようになってきたようです。

中元も次第に様変わりしてきたようですが、日ごろご無沙汰をしている人に、中元を贈ることで日々の無礼の償いをするという形になれば、それは本来の「しょく罪の日」と言う中元と意味合いが相通じるのかもしれませんね。

お中元を贈る側も頂く側も「中元と言う日」があるのだと言う事を意識するとよいかもしれませんね。


うちわを漢字で書くと団扇という漢字をあてます、その理由は

夏になると新宿等の繁華街でティッシュに代わってうちわが配られるようになります。

表面に涼しげな海の写真が描かれてたり、朝顔や金魚の写真で裏側に企業やお店の宣伝が入っていたりします。

販促用に作られたうちわが多く恐らく各家庭に有るうちわのほとんどがこのパターンではないでしょうか。

ところが若い女性のジャニーズ事務所のファンの人たちはこのうちわがお気に入りのアイドル達の応援グッツに使われていてオリジナルのうちわ作成キットなるものも売られています。

「私は誰誰のファンです」と大書きして自分をアピールする道具として使っています。

そのうちわは古代エジプトの頃から使われ中国では威厳を表す道具として使われていたようです。

日本では少なくとも弥生時代以前から使用されていた事が壁画などに残っています。

戦国時代には単に風を送る道具としてではなく軍配団扇として今の相撲の行司が持つようなものが作られ軍の象徴として、あるいは家紋などを入れて使われていました。

江戸時代になると庶民へも普及浸透して夏には涼を取る道具として、日ごろは炊飯や湯沸かしのかまどへ風を送る道具として使い時として日よけとしても使われ多様な使い方をされるようになりました。

うちわは日本だけのものと思われがちですが明治時代にはアメリカで好評を博し大量に輸出されました。

このように古代から親しまれているうちわですが本来「うちは」と呼ばれ「打羽」と書かれていました。

文字通りハエや蚊などの虫を打ち払う羽根状のものと言う意味です。

このような歴史のあるうちわに対して扇子という風を送る道具が日本にはあります。

扇子は奈良時代の初め頃木簡を束ねたものを開いて使い始めたのがそもそもの始まりのようですが和歌を書いて送られたりして公家や武士を中心に広く儀礼の道具として使われるようになりました。

扇と言う字はその生い立ちを表しているようですね。

うちわは「打羽」、せんすは「扇」と表記されていたようですが、いつの時代からうちわを団扇と書くようになったようです。

その訳ですがこれは当て字です。

「団」と言う字は「丸い」と言う意味を持っています。

「団子」、どんぐりは丸くてクリのようだから「団栗」といったように使っています。

ですから「丸い扇」と言う意味にあてた漢字と言う訳です。

ただ団扇メーカー等はあえて「だんせん」と読ませている会社もあるようです。

いずれにしても「団扇の歴史」って興味深いですね。